記憶と感情の変化。

(Fri)20:31

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こんばんは(・∀・)ノ
昨日に引き続き,学校帰りの更新です。
昨日は帰ったらすぐ眠ってしまいました;
書きたいことがあったのに…だめですね。



書きたいことや,人に伝えたいことって
"書きたい!!"とか"伝えたい!!"
って,思った時に書いたり言ったりしないと薄れませんか??
勿論人によるとは思うのですが,私はどんどん薄れていってしまいます。
記憶力は比較的いい方なので,ちゃんと覚えてはいるんです。
でも,その時の感動や魂の高揚感は時間がたてばたつほど"記憶"になっていき,私の中で"リアル"なものじゃなくなっていきます。
過去を振り返るのが嫌いと言うわけでもないのですが,どちらかというと今そこにあるもの(自分の中にある感情も含めて)を見つめたいので,私の中で"記憶"になってしまうとどうしても,置き去りになってしまいます。


時間の経過によって薄れてしまう程度の感動や感情なんて,意味のないものだ。

そう言う人もいます。
でも変わらない感動や感情なんて,存在するのでしょうか??


例えば,「感動した」という"記憶"が残っていて,その時を思い出して涙したとしても,その涙はその時と同じようで違うはずなのです。

いくら鮮明に覚えていても,それは"記憶"で目の前で起こっている"リアル"ではない。
思い出して涙したときの涙は,思い出した"記憶"に涙したわけで,その場で体験したときに出た涙とは違うものです。
もっと言えば,涙するくらい感動したことを思い出したのであって,そのことをもう一度体験して涙したわけではないということです。

思い出したときの感情は,体験したときの感動と同じ感情のようで,違う感情になっていると私は考えるのです。
より深く感銘を受ける場合もあれば,薄らぐ場合もあるでしょう。

思い出すということは,自分は第三者になって自分の行動を見つめ直す行為だと私は考えています。
そう考えると,全く同じ感情を抱くことは不可能ということも,リアルさも失われているということも説明がつきます。





と,家に着きました。
すごく中途半端ですが,特に意味はなくふと思っただけのことなのでお開きです。
お腹空きましたしね(笑)

↑のことで気になった点,それは違うだろう。
という感想ございましたら,お話聞かせてくださいな。

では,ご飯食べてきまーす♪

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